大きなプロジェクトが大詰めを迎えてきている。ある日本企業がアメリカ企業を買収するというものが、その買収スキームが複雑で、数ヶ月前にこの話を聞いた時には、正直何でこんなに複雑なことするんだろうかと思った。僕らは各国のチームをまじえて税務・会計面からお手伝いはするが、スキームの大枠はもうすでに決まっておりその部分について変えることはできない。以前にも書いたが、M&Aは相手との交渉があってするもので、関係者それぞれ思惑があり、会社も人間もみな生き物であるため考え方も時間とともに変わっていく。そういう各人の思惑が複雑に絡まりあってものが進んでいる場合(というか進んでいないけど)一会計事務所がアドバイザーとしてできることは少ない場合があり、今回はその典型であった。
日本企業の意思決定プロセスは、日本特有でアメリカ人には理解ができない。日系案件をよく一緒にやるアメリカ人上司も、今だにわからないという。僕はそれなりにわかっていたつもりであったが、今回はまだまだ理解が足りないことを再認識されられた。クライアントとのやり取りのなかで「Ringi」という言葉が何度も出てくるので、同僚のイギリス人はインターネットで調べて驚いていた。「Keiretsu」や「 Kanban」などの日本式の経営システムの言葉と並んでこの「Ringi」という言葉も英語になりつつあることをはじめて知った。「Kanban」が日本が世界に誇るすばらしいシステムだとすると、「Ringi」は「Keiretsu」と並んでどちら方というとネガティブなシステムだという見方がされているようである。アメリカ人からみれば、この日本独特のシステムは理屈ではわかっていても、最終の機関決定が一ヵ月後なのに、我々のレポートを今週中に出せといわれると、「何でそんなに早く必要なんだ」ということになってしまう。
この日本の稟議書という仕組みは、確かに根回しに時間がかかり、意思決定プロセスを遅くさせるものである。多くの中間管理職関係者が承認していくために、本来は「みなで意思決定をして責任をとる」のが目的だったのが、実は「誰も責任をとらない」ことになる場合がある。一方で、いろいろな視点をもった関係者が多くの疑問・質問を各段階であげてくるために(そしてそういった質問のなかには、何でこんなことも知らないのかと首をかしげるようなものも多いが)、問題が洗いざらいにされ、素人でも、世間一般の人でも誰もが納得できるような意思決定になるという良い面ももちろんある。簡単に言えば、スピードはないが正しい意思決定ができるシステムのはずである。しかし実際はそうではないことも多い。
例えば、昨今の円高、資産価値の下落、米国企業の経営不振という中で、米国の企業価値は相対的に下がっており、日本企業にとってはM&Aのチャンスであるはずであるが、実際は稟議・機関決定プロセスの中で、「今はとりあえず様子を見るべきでは」というようなことを「なんとなく」疑問にする人が必ずいて、その結果このチャンスを逃していることになっているのではないかと思う。メディア等のインタビューでは「積極的にM&Aを行っていく」みたいなことを口にする経営者は多いが、多分それは株主へのアピールでしかないんだろうと思う。あるいは、「前例がないからやめよう」みたいな声も必ずあがってくるはずである。そうしてリスクをとらないような経営になっていく。
反対に、この投資案件はなんとなくおかしいけど、「他の人が稟議書にサインしているから大丈夫だろうたぶん」という感じで、経済的に意味のない買収や、変なスキームが承認されてしまうこともよくあると思う。
ここ数週間12時を回ってから帰ることがほとんどだったが、今週末は休めそうである。家族には迷惑がかかっているが、こんな時勢に仕事があるのは幸せなことである。意思決定が遅い日本企業のおかげで僕らは仕事が増えるという部分も実はある。
明日はスーパーボール。ハーフタイムショウには、僕の大好きなBruce Springsteenが登場するから見逃せない。どの曲を歌うんだろう。数年前にPaul McCartneyが登場したときはやっぱりビートルズ時代の曲を中心に歌っていた。ブルースはきっと昔の曲を中心に歌うようなことはしないだろうと思うけど、70-80年代の名曲も歌ってくれないかという期待も少しある。楽しみである。